2002.01.15 更新

さんちゃんの想い出の「青春の船U〜Y」一挙公開(航海)!

 

 「青春の船」とは、某電機メーカーの関連会社を含めた労働組合が主催する、「海外研修」のことです。その第一回は1987年に行われ、北京の地を訪れました。参加してないために、どの様に行われたイベントだったかは、良くわかりません。しかし、さんちゃんは、1990年に開催された第二回に参加する事になりました。当時、この海外研修に参加することを頑なに拒否しつづけていたのですが、最終的には先輩方の暖かい配慮もあり、参加させて頂きました。その後、2〜3年周期で開催されておりますが、回を重ねる度にその期待感を膨らませながら参加させていただいております。
 さて、この「青春の船」が今後、どのような方向で実施されるか良くわかりませんが、さんちゃんの青春の1ページとして、大きなイベントだったということは、言うまでもなく、これからも大きな意味あるイベントとして続いてもらいたいと思います。

 さあ、貴方も、この「海に結ぶ友情と平和」をキャッチフレーズに体験してみたらいかが?
 

キャッチフレーズ 行 き 先 日  程 宿 泊 先
U 海に結ぶ友情と平和 1990 東京晴海港
 〜基隆港
 〜那覇港
 〜東京晴海港
4.27 晴海/出航/ウェルカムパーティ
4.28 団長講演/交流会準備/カラオケ
4.29 台湾案内/洋上運動会
4.30 入港/台湾松下/交流パーティー
5.01 台北市内観光/海鮮飯店
5.02 フリータイム/乗船/出国
5.03 沖縄案内/講演/カルチャースクール
5.04 入国/平和の集い/観光
5.05 フリータイム・コマカ島/出航
5.06 委員長講演/ギネス/カルチャー
5.07 パネルディスカッション/寄書作り
5.08 晴海入港/下船
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
アジアワールドプラザタイペイ
アジアワールドプラザタイペイ
船内泊(航海中)
船内泊(那覇停泊中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
初めての船での旅に期待と不安でいっぱいだった。同じ富士通グループとは言えどんな人がいるかわからない。しかし、不安なんか何処かしらへ。毎日に楽しいイベントに心配するヒマの方がはなった。自分の人生を変えた大きな出来事だったのかも知れない。新さくら丸よ、ありがとう!!!
V 海に結ぶ友情と平和 1992 東京晴海港
 〜上海港
 〜東京晴海港
4.29 晴海/出航/ウェルカムパーティー
4.30 団長講演/中国語/カルチャー
5.01 スポーツカーニバル/ゼミ/リハーサル
5.02 入港/市内観光/宝山鋼鉄
5.03 蘇州(虎丘/拙政園/刺繍)
5.04 杭州(霊隠寺/友諠商店)
5.05 杭州(西湖/六和塔)
5.06 上海(豫園/玉仏寺)/出国
5.07 カルチャー/ギネス&クイズ
5.08 ゼミ/メイキングメモリー/パーティー
5.09 晴海入港/下船
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(上海停泊中)
雅都大酒店(蘇州)
黄龍飯店(杭州)
貴都大飯店(上海)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
一度の経験から、全編に期待をのせての2回目の航行。仲間もパートUからの連中も沢山おり、新たに友情が生まれたパターンもあり、充実した旅となった。しかし、思いっきり揺れた船には、困った方が沢山いた。船は揺れるからこそ、船なのだ!!!
W 青い海と
  遥かなる大陸へ、
       今青春の船出
1995 東京晴海港
 〜天津港
 〜大連港
 〜東京晴海港
4.29 晴海/出航/ウェルカムパーティー
4.30 団長講演/ゼミ/スポーツカーニバル
5.01 オリエンテーリング/チャイニーズ
5.02 凧作り/チャイニーズ/リハーサル
5.03 入港/首都鉄鋼/スポーツ交流
5.04 長城/十三陵/天安門/大会堂
5.05 頤和園/絨毯工場/天津出港
5.06 大連入港(星海公園/TV塔)
5.07 カルチャー/スポーツカーニバル/カラオケ
5.08 ゼミ/クイズフェスティバル 
5.09 パネルディスカッション/メイキングメモリ
5.10 晴海入港/下船
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
北京五州大酒店(北京)
北京五州大酒店(北京)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
北京を訪れる旅ではあったが、個人的には「大連」が良かった。しかし、星海公園では、記念碑を写真に撮っただけで1元とられてしまった。悔しい。そして、この旅のクライマックスはなんと言っても人民大会堂での交流会であろう。なかなか入れる場所ではない上に食事まで出来るとは、人生の中でこれっきり。

X
遥かなる大陸へ 
        ゆとりの船旅
〜愛・感動・夢を
      むすぶクルーズ〜
1998 東京晴海港
 〜上海港
 〜東京晴海港
4.29 晴海/出航/オリエンテーション/班別/ウェルカム
4.30 団長講演/文芸交流練習
5.01 スポーツカーニバル/中国講座/リハーサル
5.02 入港/宝山鉄鋼/文芸交流会/夕食交流
5.03 上海駅/無錫駅/泥人形/錫恵公園
5.04 遊覧船/寒山寺/江蘇富士通/虎丘
5.05 拙政園/刺繍研究所/蘇州駅/上海駅
5.06 外灘地区/工業展覧館/玉佛寺/出航
5.07 係別/岡村講演/ユアチョイスタイム
5.08 メイキングメモリー/さよならパーティー
5.09 解団式/晴海入港/下船
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
国際貴都大飯店(上海)
錫州賓館(無錫)
雅都大酒店(蘇州)
船内泊(上海停泊中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
青春の船も4回目の参加でちょっとは変わったことをやってみたいと言う願望と、本人達の要望と合致したので、「船上結婚式」が出来た。そして、この航海で「新さくら丸」ともお別れである。ありがとう!新さくら丸!!!
Y 新たなる感動の船出
〜無限の可能性に挑戦〜
2001
東京晴海港
 〜天津港
 〜東京晴海港
4.28 晴海/出航/班・係/ウェルカムパーティ
4.29 団長講演/オリエンテーリング/文芸交流練習
4.30 スポーツカーニバル/松本育夫講演
5.01 ユアチョイスタイム/中国講座/交流会練習
5.02 入港/燕山石油/文芸交流/人民大会堂
5.03 木塔/懸空寺/大同交流会
5.04 雲崗石窟/機関車陳列/九龍壁/華厳寺
5.05 長城/絨毯工場/文化街/天津出港
5.06 係・班/ユアチョイスタイム
5.07 ジャックモイヤー講演/チャレンジカップ
5.08 メイキングメモリー/さよならパーティー
5.09 晴海入港/下船
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
汽車中泊
吉原迎賓館(大同)
汽車中泊
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
船内泊(航海中)
青春の船も「新さくら丸」から「おりえんとびいなす」に変わり新たな船出となった。大同という土地がなんとも感動的な所だと思った。もっともっと知りたい土地だと思った。新たな発見・新たな感動のあったこの旅。僕の周りに居た人たちに感謝申し上げたい。

 
この旅の良さは何か?
 

 普通の旅は何処を訪れるかが大きなポイントになりそうですが、この「青春の船」にはそう言った感覚はほとんどなく、いかに沢山の人と知り合いになることが出来るかが、大きなキーワードになってると思います。
  船の中では約10人の「班」を形成しています。その中での人間関係や、近寄った班同士は同じバスに乗車することから、そういった人と如何に交流できるかがポイントです。そう言う意味では、それぞれの旅の中で御世話になった皆さん、本当にありがとうございました。パートUでは、カラオケ名人がいましたし、パートVでは楽しい2人の女の子、パートWでは、カワイイ大連でのバスガイドさん、パートXでは、岩手の3人組、パートYでは、不思議な爬虫類ということで、全て出会いだったのです。

 きっと、「船旅」といわれると、「船の上はきっとやる事がなくて、つまらない!」と思うことでしょう。しかし、この「青春の船」では、イベント目白押しで一日の経過が早いのです。船上運動会・船上ギネス大会・船上クイズ大会・カルチャースクール・中国語講座・講演会・パネルディスカッション・現地交流のための歌や太鼓の練習など、皆さんにヒマを与えないほどのプログラムが組まれています。しかしどのプログラムも自主参加ですので、会社で疲れた体をいやす一日を作り、甲板でビール片手に数多く見える島々を眺めるのもOKなのです。また、独身諸君のためにも、船上ねるとん大会もあり、とっても素敵な出会いも期待できるかも知れません。

 旅は、10日〜12日のことですが、この「青春の船」は、船から下りたその後も交友関係は続きます。それが「同窓会」と言うものとなって、全国各地で行われているようです。ちなみにさんちゃんの周りでは、会津・長野・小山・川崎の面々で「同窓会」を行っております。多くは那須近辺で行われますがたまには、それぞれの地で居酒屋めぐりなんかもします。また、年齢が大代にのると、思いっきり祝ってもくれます。そんな仲間がいつまでもいるって言うことも、この旅の良さからなんだと思います。

 そして、その結果、この同窓会仲間から1つのカップルが誕生し、「青春の船パートX」の船上にて「船上結婚式」を開催することが出来ました。
 
 

想い出に欠かせなかった影の主役「新さくら丸」について
                   
この旅は、いつも大きな事故もなく感動を残し終わっていきます。しかし、忘れてはならないのは、「新さくら丸」という、仲間
がいることです。ぜひとも忘れないで時折、思い出してください。以下にはその歴史を簡単に述べます。

 
 巡航見本市船として誕生した「新さくら丸」は、日本を取り巻く環境の変化によ 船籍: 東京
りその役目を終え、1981年に純客船として第二の人生を歩みだした。以来、チャー 総トン数:19,811トン
ター・クルーズを主な舞台に、多くの乗客から親しまれている。             主機関:ディーゼル
                                          21,600PSx1
「巡航見本市船として誕生」                        航海速度:18ノット
                                      全長:175.8m
 日本経済が大きな成長をみせていたころ、輸出促進を目的に、日本製品を広く海 全幅: 24.6m
外にPRして回る巡航見本市船という船が存在した。「新さくら丸」は、初代見本市 吃水:  7.9m
船の「さくら丸」の後を継ぐ、2代目の見本市専用船として1972年に建造された。 船内電圧:100V/60Hz
 見本市船は多くの日本製品を積み込み、それらを展示するための動く会場として 船級:国際遠洋
使用されるが、さらに船自体も日本の産業技術のレベルを示す、一つの製品見本と 定員: 522名
して位置付けられていた。当然、「新さくら丸」にも内外装にわたって当時の日本 
の最新技術が取り入れられた。例えば、船舶としての運航関係では、コンピュータ
ーを利用した機関部の診断システムや可変ピッチプロペラ、およびこれらを統合す [6F]:スポーツデッキ
る自動制御システムの導入。船体デザインについても専門家の意見を仰ぎ、航行速    診療室
力の向上と見栄えのするスマートな外観を採用した。              [5F]:談話室
 内装関係では、寄港先で来賓を迎えるための貴賓応接室を備え、そこには天然の    プールデッキ
屋久杉を使用した天井や西陣織の壁面とソファー、漆塗りのテーブル、正倉院に所    プール
蔵されている和楽器を描いた蒔絵など、日本の伝統工芸がふんだんに取り入れた。    (美容室)
また、船内に計4基あるエスカレーターも単に観覧者の利便を図るだけではなく、 [4F]:メインホール
2つの異なったメーカーのものを2基ずつ設置し、それぞれの製品PRを図った。     ラウンジ
 このように「新さくら丸」は、船自体が日本製品の見本となるべく凝った設計が    サロン
なされたため、当初予算を上回り、当時としては破格の約43億円という建造費がか    ベランダ
かってしまった。しかし、そのおかげで就航から20年以上経った今日でも、現役の    図書室
客船として活躍できるほどの質の良さを手に入れることができた。           ミーティングルーム
                                         カードルーム
「純客船として第二の人生を」                        [3F]:メインエントランス
                                          インフォメーション
 見本市船として誕生した新さくら丸だが、就航後5年を待たずに周囲を取り巻く    ダイニングルーム
環境は大きな変化を迎えた。日本の貿易黒字が諸外国から問題視されるようになっ    さくらプラザ
たからだ。輸出促進の必要性がなくなったため、方向を180 度転換し、輸入促進の    オーガナイザーズ
ために米国製品を積んで日本各地を巡航する「ボーティック・アメリカ」などの試       オフィス
みを実施したが、80年には見本市船事業の母体である「日本産業巡航見本市協会」 [2F]:教室
が解散。「新さくら丸」も最終的に商船三井客船(MOPAS )への売却が決まり、純    売店
客船に改装されて第二の人生を歩むこととなった。                  自販機コーナー
 当時の日本のクルーズ業界は、企業の研修や青少年向けおよび各種団体のセミナ [1F]:大浴場
ーなどのチャーター需要に支えられていた。そこで「新さくら丸」の改装も、チャ    ランドリー
ータークルーズでの利用に焦点を絞った。主な改装点は、従来、展示スペースがあ
ったところに、研修の1グループが1部屋に納まるよう4人用と6人用の客室を計 問合せ先:
112 室増設。3階には研修船として不可欠な座席数282 席、立食時には全乗客を収    商船三井
容できるダイニングルームを設置、同じく全乗客が一堂に会せるメインホールやス
ポーツデッキを造った。また、研修や講演会用の教室、ミーティングルーム、主催
者用オフィスとして使用するため船内放送用機器やコピー機を備えたオーガナイザ
ールームも用意した。こうして「新さくら丸」はチャータークルーズを中心に、日
本一周などの一般クルーズを折りまぜながら、航海を重ねていった。
 しかし、90年に入ると、またもや日本の社会は大きく変化する。それまでの効率
至上主義、組織至上主義から個を尊重する風潮へと変化をとげ、それにつれて研修
スタイルも様変わりをみせるようになった。MOPAS も、これからの時代は研修より
もイベント需要が伸びると判断し、新さくら丸を再度改装することにし、展示即売
会やファッションショーなどのイベントを想定し、前部デッキに「さくらラウンジ」
と呼ばれる2層吹抜け構造の多目的ホールを追加した。

「高い評価のサービス」

 現在日本には多くのクルーズ客船があり、いずれも研修船としての機能を兼ね備
えているが、その中にあって「新さくら丸」の評価は非常に高い。1995年ピースボ
ートが地球一周クルーズを実施するに当たってチャーターしたのも「新さくら丸」
だった。ハード面ばかりでなく、サービス面が高く評価されたためである。
 食事ひとつにしても、チャーターにはチャーターのニーズがあり、一般クルーズ
とは異なるものが求められる。また、それはチャータラーによっても大きく異なる
が、「新さくら丸」では数々の経験を通じて培ってきたノウハウにより、個々のチ
ャータラーにふさわしいサービスを提供している。このノウハウは一般クルーズに
も生かされ、また、一般クルーズで得たノウハウがチャータークルーズにフィード
バックされるという理想的な体制となっている。          

「97年に転機」

 就航以来22年の月日が経とうとしている「新さくら丸」。この間、日本の発展に
合わせて巡航見本市船から輸入見本市船、そして純客船になってからも研修船、イ
ベント船と用途を変えて今日まで多くの航海を続けてきた。世界一周クルーズにも、
見本市船時代に2度、そして今年のクルーズを合わせて計3回旅立っている。現在
就航している日本船籍で、世界一周クルーズの経験があるのは「新さくら丸」だけ
だ。
 しかし今、「新さくら丸」にこれまでにない大きな転機が訪れようとしている。
国際的な船舶の安全規則である SOLAS条約の改正により、97年までに大改装が必要
となったのだ。それには高額なコストが必要となる。結局、1999年、惜しまれなが
ら「新さくら丸」は廃船道をたどることになった・・・本当に残念だ。本当に、本
当に思い出をありがとう!!!


 
 

1999年*月**日の新聞記事より 『新さくら丸』駆け抜けた27年

 客船「新さくら丸」(19,811総d)が二十八日、引退する。日本製品を積んで世界の港を回り、商談をする「見本市船」として生まれ、バブル期には客船として活躍した。だが、不況で行き場を失った。まだ、まだ走れる力はあるが、この先の身の振り方は決まっていない。「二十七年間の生涯は、日本の企業戦士とだぶって映る」。関係者の一人は言った。

■経済の鼓動

 日本が高度成長にわいていた1972年7月、神戸で生まれた。
 日本製品の輸出振興のために56年から始まった巡航見本市の専用船として、日本産業巡航見本市協会が約42億円で建造した。初代の専用船「さくら丸」の後継だ。全長175.8b。日本の船では初めて船内にエスカレーターが作られ、西陣織の壁、漆塗りの家具や絵で飾られた貴賓室も備えられた。
 完工後、直ちに東京・晴海ふ頭から初航海に出た。化粧品や換気扇、サウナぶろなどを積み、欧州十カ国を回った。船内ではいくつもの商談が繰り広げられ、貴賓室では海外の王室や政府高官が接待された。
 「全速力を出すと『ドドドド』という特有のエンジン音が響いた。経済発展する日本の心臓の鼓動のようだった」。二等航海士として初航海に乗った商船三井客船の渡辺輝夫船長(59)は、こう振り返る。

■対日批判の中で

 60年代後半から、日本は貿易摩擦に直面していた。新さくら丸が生まれた時、対外輸出はすでに黒字で、欧米など海外では対日批判が渦巻いてた。
 元見本市協会職員の福井允さん(65)は初公開で訪れたロンドンで、「これまでも十分輸出しているのに、何のために来るのか」と言われたことを覚えている。
 船内では日本の文化を紹介するコーナーを設け、みこしを置いたり、日本家屋を展示したりして、批判をかわそうと努力したが、輸出規制を求める声はやまなかった。
 78年の航海では東南アジア製品も積んで世界を回った。翌年には、米国政府の主張で、米国製品を積んで日本一周もした。貿易摩擦の解消が狙いだった。もはや、日本の見本市船としての役割は終わっていた。

■ホールも増築

 見本市協会は80年、新さくら丸を約8億円で商船三井客船に売却した。
 展示空間は客室に改装され、甲板にはショーやコンサートも出来るホールが増築された。
 新さくら丸は、バブル景気に乗って人気を呼んだ。青少年のセミナーやあ企業の洋上研修などの貸し切りクルーズが多かったが、松任谷由美さんのクリスマスコンサートや日本一周クルーズも実施された。利用者は約35万人に達した。
 渡辺船長は「当時は女性が男性と同じ場で働くのがまだ一般的でなかった。船上の接客サービスで一生懸命働いている女性乗組員たちの姿は、研修に参加した人たちに役立ったと感じました」と話した。
 89年、豪華客船が続々と登場し、「クルーズ元年」と言われた。商船三井客船の宮崎通社長は「新さくら丸がなければ『クルーズ元年』もなかった」と話した。

■不況の波

 商船三井客船はこの春、新さくら丸の引退を決めた。不況による財政難や売り上げ減少などで、得意先だった自治体や企業が青少年セミナーや洋上研修をやめたり縮小したりした。少子化の影響で、参加者が減ったことも響いた。
 世界一周などのレジャークルーズは人気だが、新さくら丸は後輩の客船に豪華さではかなわない。改装にもばく大な費用が掛かる。もう活躍できる場所は少なくなった。
 新さくら丸は28日、大分港で仕事を終え和歌山県のドッグでいかりを下ろす。建造から30年以上の現役客船はたくさんある。新さくら丸もまだ走れるが転身先は決まっていない。
 



 
新世紀を向かえ「青春の船」は変わった。
「新さくら丸」から「おりえんとびいなす」へ!!!
 
 
世界最高水準の造船技術を結集した外洋クルーズ客船。横揺れを防ぐフィンスタビライザー(水中水平翼)などの最新設備により、外洋でも快適なリゾートホテル並みの安定性を保っています。8層に区分けされた日本最大級の船内には、豪華客船の名にふさわしい設備を備え、地球を旅する華麗なリゾート空間を演出しています。
就航年月     :1990年7月
総トン数     :約21,884トン
全長       :174m
幅        :24.0m
喫水       :6.5m
甲板数      :8層
資格       :JG.NK国際遠洋
主機       :Diesel United 12PC2-6V(9,270馬力×2基)
バウスラスター  :1基
プロペラ可変ピッチ:4翼
スタビライザー  :一対
造水器能力    :150トン/日
航 海速力     :21ノット
航続距離     :7,000マイル
乗客数      :600名
乗組員      :156名

〒530-0001 大阪市北区梅田2-5-25ハービスOSAKA15階
                       日本クルーズ客船株式会社

URL http://www.venus-cruise.co.jp/